- ビブラートの無駄遣い禁止:常に一定の波を使い続けることが音楽を殺してしまう理由
- 感情の描き分け:喜びの明るいビブラートと、嘆き悲しむ深いビブラートの使い分け
- 究極の選択:あえて「かけない」ノンビブラートがもたらす劇的な効果
サクソフォンのビブラート技術を習得し、安定してかけられるようになった奏者が次にぶち当たる壁、そして最大の楽しみは「どう使っていくか」という音楽的な判断です。ビブラートは、料理でいえば調味料のようなもの。どんなに良いスパイスでも、すべての料理に同じ量だけ振りかけてしまえば、素材の味は台無しになってしまいます。サクソフォン演奏においても、曲の時代背景、調性、そしてその瞬間の場面が求める「感情」に合わせて、ビブラートを自在に変化させる必要があります。
私が尊敬する指揮者の山田和樹さんがおっしゃった、「ノンビブラートこそが最後のビブラートじゃないですか」という言葉には、音楽の本質が詰まっています。ビブラートを「かける能力」と同じくらい、あるいはそれ以上に大切なのが、あえて「かけない」という選択をする勇気です。ノンビブラートを効果的に使うことで、その後に続くビブラートがより一層の輝きを放ち、聴き手の心に深く突き刺さるのです。
ビブラートの役割:音楽を「生かす」か「殺す」か
常に一定の、いわゆる「美しい」ビブラートをかけ続けることは、一見完成度が高いように聞こえますが、実は音楽を停滞させてしまう危険があります。音楽は常に流動的であり、喜び、怒り、哀しみ、楽しみといった様々な感情が交錯しています。その感情の揺れを、ビブラートの波の速さや深さで表現できなければ、サクソフォンは単なる「音を出す機械」になってしまいます。ビブラートを変化させることは、音楽に呼吸をさせることと同義なのです。
体感としての表現作り:喜びと嘆きの描き分け
具体的にどのようにビブラートを変えるべきか、二つの対照的な感情を例に考えてみましょう。同じ音であっても、そこに込める想いによってビブラートの「形」は全く異なります。
自分のビブラートを「表現の道具」として使いこなすための、自己診断ステップです。
- 同じ音を使い、ビブラートの「速さ」だけを変化させてみる。メトロノームを使わずに、自分の感情の赴くままに波を速めたり遅めたりして、音色の印象がどう変わるかを確認します。
- 次に、ビブラートの「深さ」を変化させてみる。ごく浅い揺れから、ピッチが大きく変わるような深い揺れまでをコントロールし、それぞれの響きが持つ「重さ」を感じ取ります。
- あえて『ノンビブラート』で吹き、その静寂の美しさを知る。一切の揺れを排除した真っ直ぐな音が、どれほど純粋で、かつ緊張感のある表現になるかを体感してください。そこから徐々にビブラートを立ち上げていく表現も非常に効果的です。
- 実際の曲のフレーズで、複数のビブラート・パターンを試す。正解を一つに決めず、「この場面では嘆きのビブラートがいいか、それともノンビブラートが合うか」と試行錯誤を繰り返します。
まとめ:ビブラートという名の「対話」
ビブラートは、奏者から聴き手への、あるいは音楽そのものへの問いかけです。技術としてマスターした波を、今度はあなたの感性というフィルターを通して、色とりどりの表現に変えていってください。時には悩み、迷うこともあるでしょう。しかし、その試行錯誤こそが、あなただけのサクソフォン・サウンドを形作っていきます。
「ただかける」ことから卒業し、「意味を持って使う」ビブラートへ。その先には、言葉では言い表せないほどの豊かな音楽の世界が広がっています。自分の感性を信じて、サクソフォンという楽器で自由な感情の物語を紡いでいきましょう。